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アンティーク・ベア(Antique Bear)について

Chad Valley(チャド ヴァレー)
チャド・ヴァレーは1915年から伝統的なジョイント付きのフラシ天製テディベアを製造するようになりました。”Chad Valley”とは、バーミンガムのハーボーン工場で文房具とボードゲームを作っていたジョンソン・ブラザース社の商標でした。1920年頃会社は、大変発展した為ぬいぐるみ製造部門をシュロップシャ州ウェリントンにあるリーキン・トイ工場に移しました。その独立したぬいぐるみ部門がチャド・ヴァレー・カンパニー・リミテッドとして知られるようになりました。1934年には子供向けラジオ番組で一躍有名になった「くまのプーさん」をはじめとしてスーティのパペット等のキャラクターをいくつも製造しました。1938年には、英国王室御用達の指定を受け、その時からすべてのおもちゃに”Toymakers of Her Majesty The Queen”(女王陛下のためのおもちゃメーカー)というラベルを付けるようになりました。またその頃から鼻のデザインが変わり、横にステッチされた四角い鼻や縦にステッチされた三角形の鼻から、ステッチの密集している楕円形の鼻になりました。これがチャド・ヴァレー社のベアの典型的な鼻として知られるようになりました。戦後プラスチック産業が発達し目をガラス製からプラスチック製へ移行していき、リアルなプラスチック製の鼻をつけたベアも作り始めました。1960年には創立100周年を迎え7つの工場を持ち1000人以上の従業員わ抱えていましたが、1970年代の景気の後退で工場は次々と閉鎖に追い込まれポンティプール工場だけが残りました。しかし状況はさらに悪化し1978年にはパリトイに買収され、その後アメリカ資本のケナー・パーカーという会社に買収されました。1988年には商標名がウールワースに売却され、東アジアで縫製された新しいシリーズを発売するようになりました。
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Chiltern(チルターン)

レオン・リースは1919年義父であるジョセフ・アイゼンマンからチルターン・トイ・ワークスを引き継いだ。1920年には、J・K・ファーネル社の元社員であったハリー・ストーンと共同でH・G・ストーン・アンド・カンパニーを設立し、当時のイギリス最大手のぬいぐるみメーカーへと成長した。商標の”チルターン・トイズ”は会社の所在地チルターンヒルズのチェサムから取ったものです。
1937年にはシュコ社のイエス・ノー・ベアによく似たハグミーシリーズが発売されました。
その後工場は軍需品を製造する戦時労働に転換されました。第二次世界大戦終結近くになると、ロンドン北部トキナムとバッキンガムシャーチェサムにある二つの工場だけでは増大するチルターン・トイズの需要に追いつけなくなり、1945年ウェールズ南部のポンティプール近くに最新設備を持つ大きな新工場がたてられました。戦後の産業復興期には新工場を何度か拡張し300人以上の労働者を雇用していました。1958年頃からハグミーをはじめチルターンのラインナップの多くに型抜きしたプラスチック製の鼻先が付けられたベアの新しい表情となった。
1960年頃にはスリーピング・ベア・1964年には洗濯できるベア等が発売されたがその年H・G・ストーン・アンド・カンパニーはビニール製の人形やおもちゃを製造しているイギリスの会社ダンビー・コンベックスの傘下にはいった。
Chiltern チルターンタグ1





Schuco(シューコ)

ゲブリュダー・ビンク社の元社員であったハインリッヒミュラーは、1912年にニュルンベルクでパートナーのハインリッヒ・シュライヤーと共にシュライヤー・アンド・カンパニー社(シュコ)を設立しました。二人は第一次世界大戦で兵役に服したが戦争から帰るとシュライヤーは、会社を去りミュラーはアドルフ・カーンを新しいパートナーとして迎え入れました。会社創設以来「足を抱えて宙返りする男の子の絵」が登録商標として使われてきたが、1921年にはこの商標に”Schuco”と言う文字が正式に付け加えられた。ミュラーは主に独創的なデザインのベアの開発に力を注ぎ、その多くにはゼンマイ仕掛けが内蔵され行進するベアや宙返りするベアもあった。1921年ドイツで開かれたライプツィヒ・スプリング・トイ・フェアではシュコ社が専売特許をとった有名な「イエス・ノー・ベア」がはじめて披露されました。1930年代にはこのイエス・ノー・ベアと共にミニチュア・ベアをそろえたピッコロ・シリーズが製造されるようになりました。ピッコロシリーズの中にはパフューム・ベアやコンパクト・ベア等がありました。戦後1949年頃にシュコ工場でベアの製造が再開され新製品には、ローラースケートをはいた「ローリー・ベア」や「ダンシング・ベア」などのゼンマイ仕掛けのベアも製造された。1958年には設立者の一人であったミューラーが亡くなると息子のヴェルナーが共同経営者となり1960年代にはビゴ・ベルローシリーズが発売された。その後1976年にダンビー・コンベックス・マルクスに買収された。




<参考書籍:The Teddy Bear Encyclopedia>
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